開設:2005.3.22.                                                  

平成24年1月

■1月31日(火曜日)
もう1月が終わってしまう。

関東地方は連日の乾燥注意報で火災が発生して、人命が失われている。わが家でも乾燥で身体のあちらこちらがかゆ くなって我慢が出来ない状態が続き、ついに加湿器を購入した。水を入れて通電するもいくらたっても蒸気が出てこない。 欠陥商品?とあわてて取扱説明書を読んでみると何と加熱して蒸気を出すのではない事が判明、昔、母買った加湿器とは方式が違っていたのだ。いやはや・・・・

■1月27日(金曜日)
ついに、3級アマチュア無線技士の免許証が郵便で届いた。

最近のアマ無線技士の免許証はなんと素晴らしいことか!これで電波を50Wまで出せる。爺としては200Wまで出す のが夢なので、もう1クラス上の2級アマ無線技士にチャレンジする予定で猛勉強をしている。日本のアマチュア無線 技士は1級27,000人、2級75,000人、3級201,000人、4級3,015,000人であるから、爺は20 万人の中に入ったことになる。チャレンジの2級アマ無線技士は4月試験で合格するか、8月試験で合格するか、神のみぞ知るである。

■1月26日(木曜日)
いよいよ、芸能祭が近づいてきた。

実行委員の進行係と司会と三役で会場の音響や舞台配置や小道具の確認を行った。毎年やってることなのだが、 実行委員は新たな人達なので入念に納得のいくまで時間を取った。使用するテープも進行係へ渡して、演目の 順番の確認とA面頭出しができているか再度チェックするようにお願いした。進行上ミスは許されないので・・・・・・・・

■1月22日(日曜日)
爺は古希を過ぎて、爺の生きてきた中で強い影響を与えてくださった方たち死ぬまでにもう一度会いたいと思うようになってきた。
大学を卒業して、日本鋼管の入社試験に失敗し、その紹介で日本鋼管系の岸本不動産へ入社したのが、爺の社会人としての出発点であった。皇居の馬場先門の前にビルを構える不動産会社で、日本鋼管を設立した関西の岸本家という歴史のある家系の企業であった。爺は、その会社で素晴らしい先輩に遭遇、そして、その先輩の下宿に転がり込んで食住を1年も共に過ごしてしまった。その後、爺は親父が倒れたため田舎に引込み、家を継ぎ転職、45年も御無沙汰であったが、最近、
曹洞宗本山永平寺
の副寺老師になっている事が判明、懐かしく電話をした。電話向うから懐かしい声を聞き胸に迫るものがあった。会話の中で、今は健康とのこと安堵して"今年中に会いに行く"と約束し電話を切った。生きている内にもう一度会って酒酌み交わしながら、懺悔話をして見たいと思う。 人生とは長いようで、短い、爺の心の中に残っている懐かしき人たちにもう一度会って、語って、思い残さぬようにしたいと思っている。

■1月21日(土曜日)
今日も雨なり。野暮用で新年会を辞退して、芸能祭のテープチェック。

今年度の芸能祭は54組の申し込みがあり14日に熊谷市民活動支援センター印刷室で800部プログラムを印刷した。 去年は会員各位にいきわたらなかったので200部増やして印刷となった。出場する54組のうち47組がテープを使用す るのである。1演目5分となってる関係で、事務局がテープの確認とA面頭出しをするのだ。ストップウオッチを片手に23 5分間ものテープ聞くのだから大変である。みんなが決め事を守ってくれればいいのだが、そんな人ばかりではなく、延々 15分のテープもあるのでその都度電話でその期の実行委員と打ち合わせ本人と連絡調整して修正、やっと終了した。

■1月20日(金曜日)
朝起きて見るとうっすらと雪が積もっているではないか!


この歳になっても雪を見るとワクワクしてくるのは爺だけだろうか?庭に出て見たら、物干し竿の雪が横にずれてU字になっている。面白いのでデジカメでパシャり!
パソコンルームから、雪の降るのを見ていたら、小学校の2年の時だったか定かではないが、40センチ位の大雪が降って、当時、太平洋戦時 で全ての物資が配給だったので、わが家には傘も長靴もなく、裸足で学校に行ったのを思い出した。足の裏の痛い冷たさを今でも感覚として残 っている。今、思えばついこの間のように思えてならない。時の流れとは速いものだ。過ぎ去る日々を大切にしなければ、ご先祖様に申訳がたたぬ!

■1月17日(火曜日)
久しぶりに彩の国いきがい大学熊谷学園へ熊谷スポーツ文化公園のボランティアの講演で出向いた。

36期生もいきいきとして授業を楽しんでいる様子であった。5年前に爺は卒業しているが、当時を懐かしく思い出していた。これから校友会へ加入してくる後輩たちに地域奉仕のボランティアについて話をした。悠々自適の生活を楽しむには日々の中で生きがいを探して、チャレンジすることが若々しさを保つ秘訣であるというのが爺の持論である。 熊谷学園で学んだ友だちとの絆を大切に育んでもらいたいものだ。それが残りの人生を素晴らしいものにしてくれるのだから・・・・・・・・

■1月12日(木曜日)

爺の家の裏側は崖になっていて荒川が流れている。そんな関係でいろいろな物が心なき人によって捨てられているのは以前日記に記しているが、最近は子猫や子犬を放置する人が多くなってきた。真の動物好きであるならそんなことをするはずもないが、人間の質も犬猫よりも劣るらしい。そのためわが家の庭を5匹のノラが闊歩していて、逃げる気配もない。黒や三毛や白とカラフルなり!そんな訳で猫よけボトルをテラスにおいて見た。当初は効き目がないのかと思っていたが、最近、テラスに子猫たちが来なくなってきた。若干効き目が出てきたようだ。 インターネットで調べて見たら、小牧市のホームページ でねこの侵入防止対策なるページを見つけた。一つづつ試して見る事にした。 いや~面白くなってきた!

■1月11日(水曜日)

わが家の庭には枇杷の木が2本生えている。秋になると大きな実をたわわに実らせて自然の恵みを分けてくれる。毎年食べきれずに 、熟して落ちたものが50本くらい自然に芽をだし、それを毎年引きぬいて増えるのを防いでいる。その作業中に、とてつもなく大き い葉っぱを見つけてパシャり!、なんと35センチもある。何か不吉な事が起きなければいいのだが・・・・・・・・・

■1月8日(日曜日)
北風もおさまって静かな日曜日、わが家の裏の白鳥が日増しに数が多くなってきた。
毎日、パンの耳を白鳥に与えてる人がいるらしく、近隣の白鳥が集まってきてるらしい。鳥インフルエンザの関係で餌付を中止したというのに約束事を守らない人が多い。

しかし、このきれいな白鳥を見たら、誰でも餌をあげたくなってしまうだろう。約束事は破られるためにあるなんて言って餌を与えているのかもしれない。

■1月7日(土曜日)
あっという間の1週間日の流れは速いものだ!

ご近所から頂いたシメジのホダ木から、またまたニョキニョキとキノコが生えてきた。おみそ汁に入れてまた食さなければと寒さよけを することにした。自然とは本当に素晴らしい。今週はシメジずくしの週になりそうである。

■1月3日(火曜日)
今日は恒例の親戚一族の新年会なり。

集まってくる子供たち10人、一年に一度だけの顔見せの人もいるので、酒好きな爺の事、酒も入れば話も弾み、時の経 つのも忘れてしまう。この新年の集いが始まって、もう45年も続いているのだから驚きである。
亡くなった家内の父さんが子供達夫婦と孫たちを集めて始まったのが最初で、これまで続いてきたのも一族をまとめる 人がいたからであり、そのご苦労に感謝である。昨日から10人の子供たちのお年玉づくり、うれしい悲鳴なり!

■1月1日 元旦 (日曜日)
あけましておめでとうございます!

今年こそ、 笑顔いっぱいの1年になりますように!